歯列矯正を始めた人が、治療の成果を最初に実感する場所。それは、多くの場合「前歯」です。治療開始から数ヶ月で、「前歯のガタつきが少しマシになったかも」「隙間が狭まってきた気がする」といった嬉しい変化を感じることができます。なぜ、数ある歯の中で、前歯はこれほど早く、そして目に見えて動いてくれるのでしょうか。その理由は、前歯が持ついくつかの解剖学的な特徴にあります。第一に、「歯根の形状と本数」が挙げられます。前歯(切歯・犬歯)の歯根は、基本的に1本だけで、その形状も比較的単純な円錐形をしています。一方、奥歯(小臼歯・大臼歯)は、歯を支える歯根が複数本あり、その形も複雑です。杭が一本だけの柵と、複数本の杭でがっちり固定された柵を動かすのを想像してみてください。当然、杭が一本の方が、少ない力で、より簡単に動かすことができます。これが、前歯が動きやすい最大の理由です。第二に、「歯を支える骨の厚み」も関係しています。前歯が植わっているあたりの顎の骨は、奥歯の周りの骨に比べて比較的薄く、緻密さも少ない傾向にあります。歯が動くという現象は、歯の周りの骨が溶けたり作られたりするリモデリングの結果です。骨が柔らかく、代謝が活発な部分の方が、歯はスムーズに移動することができるのです。そして第三に、「歯の機能的な役割」も影響しています。奥歯は、食べ物をすり潰すという非常に強い力がかかるため、その力に耐えられるよう、どっしりと構えています。一方、前歯の主な役割は食べ物を噛み切ることであり、奥歯ほど強力な咬合力はかかりません。これらの理由から、前歯は矯正装置による力を素直に受け入れ、比較的スピーディーに動いてくれるのです。治療初期に前歯が動く様子を実感できることは、患者さんにとって大きなモチベーションになります。この最初の「嬉しい変化」を励みに、長期にわたる矯正治療の旅を、前向きな気持ちで続けていくことができるのです。
なぜ前歯は動きやすい?歯列矯正で最初に変化を実感できる理由