Aさん(20代女性)は、上下顎前突(いわゆる出っ歯と受け口が混在した状態)と、それに伴う前歯部の叢生(ガタガタ)を主訴に来院されました。精密検査の結果、上下の歯列全体を後方に移動させる「遠心移動」が必要であると診断されました。特に上顎の奥歯を後方に動かし、前歯を引っ込めるためのスペースを確保することが治療の鍵となりました。治療計画では、まず上顎の左右第二大臼歯の後方に歯科矯正用アンカースクリューを埋入し、これを強固な固定源としました。そして、このアンカースクリューと上顎の第一大臼歯をエラスティックチェーン(ゴム状の鎖)で連結し、持続的な力で奥歯を後方へ牽引しました。Aさんには、毎日の食事や会話で装置に違和感があること、牽引開始時には鈍痛が生じる可能性があることなどを事前に説明し、協力を求めました。治療開始から数ヶ月後、レントゲン写真で上顎大臼歯が計画通りに後方へ移動していることが確認できました。これにより、前歯部を後退させるための十分なスペースが生まれ、前歯の叢生も徐々に改善していきました。Aさんは、治療期間中、装置の清掃やゴム交換などを指示通りに行い、定期的な調整にもきちんと通院されました。最終的に、上下の奥歯の噛み合わせは良好な状態となり、前歯の突出感も解消され、バランスの取れた美しい口元を獲得することができました。治療後のアンケートでは、「最初は奥歯を動かすと聞いて不安でしたが、先生の説明と丁寧な治療のおかげで安心して任せられました。口元のコンプレックスがなくなり、自信を持って笑えるようになりました」と喜びの声をいただいています。この症例は、適切な診断と治療計画、そして患者さんの協力があれば、難易度の高い奥歯の移動も成功裏に終えられることを示しています。